| ――多面体の魅力あふれる新しい詩集―― ボルジギン・N・オルトナスト詩集 『夢に燃える風のたてがみ』 出版 竹林館 2,000円(税別) 評 及川俊信 |
千葉大学では今、一人のモンゴルの詩人が学んでいる。
中国内モンゴル自治区のオルトナスト氏。
馬に乗り、草原を駆け、五畜を飼い、真白きゲルに眠る、遊牧民の家庭に彼は生まれ育った。
そんな彼が昨年、一冊の詩集を日本で発表した。
それが、『夢に燃える風のたてがみ』である。
全百編の詩と二編のあとがきで構成される彼の詩集は、これまでの詩集にない、数多くのユニークな特徴をもつ。
冒頭では、幾重にも「モンゴルとは」という問いがなされる。
「モンゴル」を「草原」や「馬」という言葉で、象徴的に表現する手法も、詩集の全体を通して見られる。
これらは、遊牧民としてのモンゴルを読者に伝えると同時に、自らのアイデンティティを、ひたむきに模索する姿でもある。
それはまた、日本という外国で萌芽した想いでもある。
風景の描写にも、オルトナスト氏独自の表現方法が見られる。
中でも「風」「雨」「月」「石」といった言葉には、氏の作品を特徴づける詩情がひときわ輝いている。
これらの言葉の中にこそ、遊牧民としての眼差しを顕著に感じる。
また、氏が好んで「海」をテーマにしている点も興味深い。
「海」は「日本」や「草原」を想起させる存在として描写される。
オルトナスト氏は自らの詩の創作方法について、
最初にモンゴル語で書き、次に日本語に翻訳していると話す。
それは、モンゴル語の韻を日本語にも反映させる試みだと言う。
氏は作品のひとつ「馬」を私に朗読してくれたが、日本語もモンゴル語も、共通する馬の蹄を思わせる響きが生じた。
モンゴル語と日本語の響きをつなぐ、かけ橋の試みとも言える。
氏は中国の内モンゴル出身で、漢字についての素養も深い。
詩に視覚的な美しさも加える表現手法として、階段状の段落構成や疑問符・感嘆符の応用などと共に、漢字を視覚的に訴える形で配置する斬新なスタイルを取る。
「涙の風物詩」や「神の馬」は、さながら絵画のようである。
この詩集にはまた、クリントンや江沢民ら世界の政治家への、隠喩を用いた熱いメッセージがよまれた詩も多い。
地球環境や文化に対する考察を、詩の形で論じた作品もある。
そこには、詩ならではのリアリズムが生きており、オルトナスト氏の国際的視野の深さがうかがえる。
恋愛に関する詩が多いのも特徴である。
詩に描かれる恋は、透明なまでに純粋な想いである。
オルトナスト氏は以前、はにかみながら私にこう話してくれた。
「モンゴルでは、恋の詩を書かない人は詩人じゃないと言うんだ。」
氏の恋は「月の光」や「水」に溶け、風景と一体化する詩情をもつ。
日本に住むことで萌芽した、アイデンティティの模索。
遊牧生活から生まれた自然へのまなざし。
内モンゴルという文化地理的条件から得た漢字の素養。
政治、環境、文化への国際的関心。
透明なまでの純粋な恋愛。
これらが作品において多面体的な背景を構成し、オルトナスト氏独自のみずみずしい詩情を生み出している。
現代文学、翻訳、異文化交流といった視点から、この詩集を研究し解釈する価値も十分にあるだろう。
七月。モンゴルの草原はいよいよ緑の海となり、天から吹く風のもと、あのナーダムの大祭が催される…。
そんな風景を目に浮かべ、この詩集を手にとってはどうか。

CONTENTS
Copyright (C) 2001 Izyn http://izyn.grf-design.com/