旅の
 あぶみ

   作者:D・セレンワンジル
   訳者:N・オルトナスト

 

蹄の光
火がきらめく。
「えぇ、なんだってお父っつあん?」
馬の烈しい走り、それとなく齢をとっているお父っつあんの声を呑みこみ、
ぼくだけが耳の遠い者のようになり、「えぇ」「えぇ」だけの返事で疲れる。
 蹄が響く。
道は深く息をつぎ、かすんで見える山と野原は広がり、
なごんでゆくようになる。
「道は石で旅人の心を癒してくれるものだ、
旅のこの遠音を永遠の命というものだ……」
ぼくは鞍の中、座ることもできず、激しく揺られていた。
道、人、永遠の命……この道の果てにまで行ける人に、
この永遠の命の遠音がその両肩をわしづかみにしているようだ……

 人生

人生の道程の風よ、見られ感じられた山と岩、
聞こえ歌われた遠音、光の不思議な誕生だよ!
その中で、母はぼくを産んだ。
ぼくの臍の緒
ぼくのいぶき、その光のもの、その遠音のもの。
その山と岩と牧草と樹木のもの。
この素敵な躰を考えたことのないもの、
願ったこともないもので苦しめられ、
無数の人々の目にとけて行くんだ。
最後に母から産まれたこの裸の身で大地へ
そしてその光、 遠音の黒き深き岩へと還る。
静かに去って行くのだ。
ぼくの臍の緒
ぼくのいぶき
宇宙の万物と永遠につながっているのだ。

 旅のあぶみ

ふいと考えてみると、人生の旅と遊牧をする人々は、
命ある大地の名誉なのか!
流れる水のおぼろげな音
旅したことのない地の物語のように深奥かつ永遠の姿、
言葉に耳を澄まし、人生と思考の不思議な原始が
この岩石、 炎の灼熱と光にしみこみ、
そのメロディ−、その色で消えることなく燃えつづける。
すべての信仰、名誉をも含蓄させてくれた
この山と水にたより、
旅のあぶみは響いてやまない。
人生の旅と遊牧をする人々とは、とこしえに碧くかすむ
この世界を心でささえあった、
旅した道の歌、旅したことのない道の歌、
そしてその道の風のようだ。




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