はじめに
私がはじめて馬と人間の娘の恋愛物語を知ったのは高校生のときである。当時お化けや妖怪に関心を抱いていた私は、柳田国男の『遠野物語』を読み、また実際に遠野の地を訪れるにおよんで、この馬と娘の物語に心惹かれると同時に、なぜこのような物語が語られるのかと疑問に思った。今回「馬娘婚姻譚」と呼ばれるこの物語を考察することによって、高校以来の私自身が抱えてきた問題にあるていどの方向を示すとともに,「馬娘婚姻譚」を含めた「異類婚姻譚」という昔話の一話型に関して提言を試みたいと思う。
まずは馬と娘の恋愛物語がいかなる内容なのか、一例を示しておこう。
事例1
昔、爺さまと婆さまの間に一人の美しい娘がいた。その娘は飼っていた馬と夫婦になってしまったので、怒った爺さまは馬を桑の木に吊るして責め殺してしまった。馬の生皮を剥ぐと、その生皮は娘をくるみ天のかなたへ飛んでいってしまう。夜ごと泣き暮れる爺さまと婆さまの夢に娘が現れて言うには、「三月十六日に土間の臼の中を見てください。馬の頭の形をした虫がたくさん入っています。その虫に桑の葉を与えると絹糸をこしらえるから、それを売って暮らしてください。蚕という虫で世の宝です。」爺さまと婆さまは不思議に思いながらも三月十六日に見てみると、確かに臼の中には夢と同じ虫がわいていた。これが今の蚕のはじまりである。(岩手県上閉伊郡)
以上は「蚕の始まり」という題名で、関敬吾が編集した『日本の昔ばなし(V)』(岩波文庫)に載る昔話の概要であるのだが、「蚕の始まり」とあるだけに馬と娘の恋愛から蚕の起源が語られている。『日本昔話大成』(角川書店)の話型分類によると、この話は「異類婚姻譚」の「異類婿」の一群に属している。蚕の起源を語る昔話は大きく分けて二種類の系統がある。一つは事例1のように、馬と娘の恋愛関係が主軸となって蚕の起源を語る「馬娘婚姻譚」。もう一方はこれとはまったく異なり、継子が継母にうつぼ舟に乗せられ、他所に漂着した継子はかの地で死亡し、その死体から蚕が湧くという具合に語られる「うつぼ舟漂流譚」である。『日本昔話通観』(同朋舎)で蚕の起源を語る昔話を拾ってみると、それほど多くはないのだが日本各地に分布し、およそ九〇話近くにまでのぼる。
ここでの主題は「馬娘婚姻譚」なので、「うつぼ舟漂流譚」についてはとくに詳しく触れようとは思わない。本来であれば双方を充分に検討し、相互を比較してしかるべきなのであるが、その作業を行うにはいまだ準備不足であり、議論の展開上煩雑になるためである。また「異類婚姻譚」は世界中に見られる話型であるが、ここでは日本の昔話を事例として挙げている以上、日本のそれに限定した論であることをあらかじめ断っておく。