送信者 lxxxxx@xxx.xx.ne.jp
件名 元気?
受信日時 200×/4/16 AM3:47




おことわり 2

 前回、第二章の冒頭部分を書いて、その後、しばらくあなたの夢を見続けることになった。実際にはここ何ヶ月かあなたと会って話すことはなかったけれど、夢の中であなたは僕の目を見て、ゆっくり話してくれた。あなたはそこではいつも微笑んでいて、出会ったばかりの頃の服を着ていた。黄色のダッフルコートに、黒いコーデュロイ生地のパンツ、インナーにはピンク色のセーターを着ていた。外資系の会社で働く前の、僕らの住んでいる町からは少し距離のある女子大に通っていた頃のあなたの服装であった。僕が初めて、あなたに出会った時の服装である。
 夢の中で僕は、あなたに「最近、いつも、その服装だね」と言い、あなたは「そうかな」と言って笑った。
 突然夢の話などをして申し訳ないと思っている。これでは、どちらが「小説」なのか解り難くなってしまうだろう。ただ、今回の「別離期間」こそはと思っていたのだが、また、僕の方がどうやら、「会いたい」という気持ちを先に抱いてしまったようだ。あなたは僕がこうなるといつも機嫌が悪くなる。「仕方がないわね」と言って、無言になってしまうのが常だ。気が向いた時に会うと言う季刊発行紙のような関係には慣れているはずなのに、いつもこうなってしまう。
 僕は、その気持ちを抑えるためにも「小説」の続きを書こうと思う。というよりも書かなければならないだろう。それが僕のためであり、あなたのためだ。「僕ら」のためなのだ。ただ、幾つか見た夢の中での一つのエピソードを、この「おことわり」で書き、あなたに伝えておきたい。これで、しばらく連絡をもらえないだろうということも覚悟の上である。「作家」が「読み手」であるあなたに対して前面に出てしまうことも、覚悟の上である。この「おことわり」が普通の「手紙」になってしまうかもしれないということも、覚悟の上である。
 その夢は、突拍子もない場所や時間と言う設定ではなかった。あなたが、何時もそこにいた、バイト先での風景で、日中でも何回も思い出すことのある、いわゆる一つの思い出の再現だった。

 二人がバイトしていた本屋には、従業員用の控え室が大きめにとってあって、休憩の時は、そこでお菓子を食べたり、コーヒーを入れたり、売り物である漫画本や雑誌を店長に隠れて持ち込んで暇をつぶした。休憩時間は異常に長く取れるバイトで、普通で、一人30分、45分、長いときは1時間も取れた。
 あみだくじで決めた結果、最初に休憩を取れるのが僕で、次にあなた、最後に、僕と同じ大学の先輩、石田さんとなる。つまり、僕が休憩に入る間、あなたと石田さんはレジで二人きりになるわけで、その後15分、僕とあなたが控え室で過ごす。そして、僕が石田さんとレジ打ちを行い、30分後僕とあなたでレジに入る。
 石田さんとあなたが二人で過ごす時間が僕にはたまらなく辛い。僕は一応何冊か漫画本を持って、「お先に失礼します」といって、控え室に向かったが、漫画なんか読めるわけもなく、そわそわと落ち着かない。そして、マジックミラーになっている控え室の扉の小窓から見えるレジの様子を、眺めたりしている。あなたが、僕に見せない笑顔を石田さんに見せているのではないか、レジの下で手なんかつないでいるのではないか。そういった、くだらない嫉妬の気持ちを抑えるために僕は必死なのである。
 その日も地獄の30分間が終わり、あなたが入ってくる頃、僕は何食わぬ顔で、椅子に坐り漫画本を読んでいるふりをしていた。
 「楽しそうだったね。ここまで話し声が聞こえたよ」
 「そう。でも、そんなことないと思うけどなあ」
 といって、あなたは少し怪訝そうな顔をする。僕は慌てて平静を装って、漫画本に目を落とす。
 「店長がいたら怒られてたと思う。ちょっとやばいぐらいだったよ。何話してたの? 」
 あなたは「ふうっ」と溜息をつき、それから、何も話さなくなる。沈黙が続く。あなたは雑誌に集中し、僕は自分の馬鹿な発言を後悔する。
 「今度いく映画さあ、これであのCMしてる奴でどうかな? 」
 「沈黙。」
 「ねえ、ジョニー・デップの出てる奴。」
 「ちんもく。」
 「じゃあ、チケット取ったよライブの。まだ先の話だけど」
 「沈黙、ちんもく…。」
 言葉を発してくれないまま、15分が終る。控え室を出て行こうとする僕にあなたは一言、
 「今考えなくていい話が好きね」
 と笑う。暖房の効き難い控え室で、あなたは黄色いダッフルコートを着ている。
 夢では場面の転換、僕とあなたはデートの帰りで電車の中にいる。人前でいちゃつくのが嫌いな僕らは、少し距離をおいてつり革に掴まっている。
 「私は来年から働かなきゃ。信じられないよね。そっちはどうすんの? 二年後」
 「うん。大学院行こうと思ってさあ。周りと比べても勉強足りないし、まだ、このままだと納得いくような論文書けそうにないし」
 「大学院って何年あるの? その後はどうするの? 働くの? 」
 「わからない。研究者って先が厳しそうだから。でも大学院は、博士課程まで行ったら五年かな。上手くいってね。」
 「ふーん。五年か。私は29か。長いね」
 「わかんないけどね」
 あなたは駅に降りると、少し前を常に歩く僕の手をつかんできた。少し小走りに追いかけてきて。その時、僕が顔を見ようとすると目を伏せる。照れている。
 「今考えなくていい話が好きなんだね」
 と僕は言った。黄色いダッフルコートが僕の手首に触れる。
 そこで夢は終った。ジリリリリと目覚ましがなったのである。
 「こんな夢を見た」。
何故、「小説」に入る前にここでこのような夢の話を書いたか理解していただけただろうか? 僕は現在修士の二年。この夢で見た出来事が起こった時から二年が経った。僕の傍とは言わないが、頭の中にはいつもあなたがいて、何も変わらない。お互い「今考えなくていい話」が嫌いなところも何も変わらないのだ。
 だから、この「小説」を書かなければならないのである。この段階ではよくわからないかもしれないけれど、恐らくは、僕はそのためにもこの「小説」を書いているのだろう。
 次回から、きちんと小説を再開する。これでは本当にただの「手紙」だ。

<<back<>next>>

『two of usってありえますか?』

Copyright (C) 2001 Izyn  http://izyn.grf-design.com/