○はじめに
「萌え」という言葉を聞いたことがあるだろうか。インターネットで検索すれば無数にヒットするし、注意して雑誌などを眺めていればぽつぽつと見かける言葉ではある。
インターネットでgoo(http://www.goo.ne.jp)の新語辞典を検索してみると、
もえ 【萌え】
ある人物やものに対して,深い思い込みを抱くようす。その対象は実在するものだけでなく,アニメーションのキャラクターなど空想上のものにもおよぶ。
〔アニメ愛好家の一部が,NHK
のアニメーション「恐竜惑星」のヒロイン「鷺沢萌」に対して抱く,ロリータ-コンプレックスの感情に始まるといわれるが,その語源にも諸説ある〕
とあるが、実際の用法を検討してみるとこの定義では説明できないことがすぐにわかる。たとえば、「萌え要素」という言葉である。
文例をあげよう。(以下、WEBSITE「TINAMIX」から引用)
「恋人」をひとつの要素として見た場合、おそらく「妹」や「幼なじみ」よりも甚だ曖昧かつ多様であり、そもそも内面化過程を経ずに定義すること自体難しく、したがって萌え要素となるにはあまりにも脆弱であることが最大の理由ではないだろうか。
一読して、この文章内の「萌え」という単語は、「ある人物やものに対して,深い思い込みを抱くようす」という以上の意味を持っていると言えよう。
また、周りで「萌え」という単語を使用する者に意味を聞いても、明確に言語化して説明できるものはいないのではないだろうか。
そこで、東浩紀『動物化するポストモダン』(講談社現代新書、2001年)の登場である。東は、「オタク」と「オタク系文化」
(註1)をポストモダン的な現在の状況を象徴するものであるとし、その性格の変遷を描いている。
その「オタク」の性格の変遷の中に「萌え」は位置付けられ、また「萌え」こそが、現在の日本を象徴するキーワードだと明かされている。以下、その概要を追う。
○オタクのポストモダン的特徴
オタクのポストモダン的特徴は、@「二次創作」の存在とA「大きな物語」の凋落に対応、の二点である。
@の「二次創作」は、いわゆる同人誌、同人ゲーム、同人フィギュアなどの総称であり、これらが、ジャン・ボードリヤールいうところの「シミュラークル」にきわめて近い形態という点である。
Aの「大きな物語」の凋落に対する対応とは、オタクたちの行動を特徴付ける虚構重視の態度である。
それは社会性の欠如として捉えるべきではなく、社会的な価値規範がうまく機能しないなか、別の価値規範を作り上げる行動なのである。
東はこの二点の特徴をオタクの「消費行動」の中から観察し、1990年代半ばを境に「物語消費」的なものから「データベース・モデル」的に変化したと説いている。以下、説明する。

○物語消費
この特徴を、東はまず大塚英志の『物語消費論』(新曜社、1989年)から説明する。
『物語消費論』の中で、大塚は「コミックにしろ玩具にしろ、それ自体が消費されるのではなく、これらの商品をその部分として持つ<大きな物語>あるいは秩序が商品の背後に存在することで、個別の商品は初めて価値を持ち初めて消費される」と言っている。そして、その<大きな物語>に沿うような形で作られた「二次創作」は、その背景に同じ<大きな物語>を持つという意味で、オリジナルと変わらない価値を持つ。
東は、この<大きな物語>(註2)
を深層に持つモデルは、近代的なモデルだと指摘する。
(『動物化するポストモダン』51ページ図参照。右図)
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