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第 2 回
結局、ぼくは相撲取りになることなく(もともとなる気もなかったのだが)、気がつくと、関東にある某地方国立大の入試にかろうじて引っかかっていた。大学に入ってからは見知らぬ風景に手招きをされて、てくてく散歩ばかりすることが多かった。次に気がつくと、梅雨もすぎ、大学は夏休みに入っていた。
アルバイトに関しては、特に考えもなしに選んでしまったと思う。コンビニの店員だった。しいてそのバイトを選んだ動機があるとすれば、なるべく誰にでもできそうな仕事をしたかったのかもしれない。18才のぼくならうんと考えそうなことだし、21才のぼくならますます考えそうなことだった。
そのコンビニでは最終的に3年半とちょっと続いたわけだが、ぼくがまだ1年だったときの冬休みの直前に、店長が慌てて出した臨時募集に応じて入ってきたのが高梨民子だった。彼女は冬休みいっぱい3週間働いて、それきりすっぱりやめた。
学部こそちがったが、高梨はぼくと同じ1年だった。しかし、彼女のほうは3浪しており、年齢上はぼくよりそのぶんだけ年上だった。
「わたしの場合」と高梨民子はいった。「高校終わって3年間、別に予備校に通ってたわけじゃないから。浪人してたっていってもぜんぜん実感ないんだよね。」
高梨民子は実感のなさについてうんと実感を込めて話す。邦楽なんて聴いてもオンガク聴いてる実感ないしさとか、平泳ぎって泳いでる実感ないからとか、それに、コンビニのバイトをしてても働いてる実感わかないんだともいった。いちいち無感動なやつだとぼくは思った。
これははっきりとおぼえているが、平泳ぎについて毒つきながら、高梨はぼくの両耳をつかんで、かなり酒臭い息で話していた。断っておきたいが、ぼくは一度として高梨と一緒に酒を飲みにいったことなどなかったし、それどころか学食や喫茶店でさえ連れだっていったことは一度もなかった。ただの一度も。
つまりその日、高梨はどこかで飲んだ帰りに、うちのバイト先ににわかに押しかけてきた。それから、平泳ぎにつきまとう決定的な無意味さと両耳の鈍い痛みをぼくに残して、見事にとんぼ返りだった。
いうまでもなく、コンビニのレジ越しに、ぼくの両耳をがしっと鷲づかみにしたまま、延々30分近く、平泳ぎがどうの実感がどうのとまくし立てた人間は後にも先にも高梨民子以外にいない。しかし、だからといって、高梨の存在がぼくにとって特別だということには全然ならない。特別というのはたとえば、ぼくが当時付き合っていた彼女に対していうのであって、そうでなくてもぼくと高梨との関係には絶対に当てはまらないにちがいないし、そうでなくては困る。
とはいえ、その特別だったはずの彼女について、ぼくはなにひとつ特別なことを書けない。たとえなにか書けたにしても、それはあまりにありきたりで、どこにでもありそうで、ことごとく散文的すぎる世界からけっして抜け出さない。彼女がなぜか怒ったようにして、自分の好きなもの、好きなこと、好きな感覚を話し続けていることばのひとつひとつに耳を傾けている時間。ぼくはその時間が好きだった。彼女はひたむきに話す。ぼくは聞き流す。そして、その彼女の好きだったもののなかにたぶんぼく自身はもう含まれておらず、あるいはもともと含まれていなかったようにいまの時間が流れていることをぼくは想像する。
そして、ぼくに好きなひとがいたように、高梨にも当時付き合っていた男はいた。ぼくの知る限り、ふたりいた。そのうちのひとりはぼくと同じ学科に所属していて、しかも同学年だった館ヶ谷という名前のギター小僧だった。もうひとりのほうはよく知らない。結局のところ、それは単にぼくが高梨のことをあまり好きでなかったために、深く立ち入って質問したがらなかっただけのことなのだが。
平泳ぎに関していうと、ひとつちょっとした偶然がある。大学4年のちょうど梅雨時だったと思うが、ぼくは校舎の脇の駐輪場にあるベンチに座っている館ヶ谷をたまさか見つけて、久しぶりやなあと声をかけた。館ヶ谷はちょっと驚いた様子で手を挙げて応じ、くわえていた煙草をあやうく落としそうになった。
大学4年ともなると、学科が同じでもゼミがちがえば、なかなか会う機会もない。本当に久しぶりという感じだった。幸いなことに、というのもおかしいのだが、ぼくは館ヶ谷のことが嫌いではなかった。ちょうど蛙のことを毛嫌いしなかったように。
館ヶ谷は一見するとぼくと同じくらい小柄で、ひ弱そうな男だったが、もちろん、顔立ちの出来はぼくなんかよりも数段格上だった。やたら鼻が高かった。彼はレッド・ツェッペリンと香港映画と帰省先の久留米の町をこよなく愛していた。それと大学3年のときに購入した折畳式のマウンテン・バイクと自分の長い前髪をなによりも大事にしていた。そういうやつだった。
実際、自分で気づいていたのかどうかはわからないが、館ヶ谷はひとの顔を見るなり、必ずといっていいほど学食のラーメンを食べにいこうと誘ってきた。朝早かろうがなんだろうが関係なくそうだった。その日も、館ヶ谷と会ったのは昼休みが終わって午後1時半くらいだったから、十中八九ラーメンに誘われるのだろうと覚悟していたら、しかし、そうならなかった。ぼくは現に空腹だったという理由もあって、逆に自分のほうから誘ってみたくらいだったが、館ヶ谷は首を縦に振らなかった。言い訳もしなかった。
だからといって、そのときの館ヶ谷の様子を特別変だとは感じなかった。たぶん、ぼくとしてはただ、館ヶ谷は昼飯を食べたばかりなのだろうと安直に思っていただけだったのだと思う。だから、ほんの数秒後には、ぼくはなんの躊躇もなく館ヶ谷の左隣に腰をおろしていていた。
雨は降っていなかった。館ヶ谷は、就職活動向けに黒く染め直した前髪を残念そうに指でいじりながら、いつものようにぽつぽつとした口調で喋っていた。お互いにひとしきり近況を報告したあとで、ぼくはもう一度ラーメンに誘ったのだが、ぼくの右側に座り込んでいた彼はそれには答えずに、いやむしろそれに答えて、最近億劫でさあと呟きながら、地面に押しつけるようにして煙草をもみ消した。
「億劫ってなにが?」
「億劫は億劫」と館ヶ谷はいった。「ハワイに平泳ぎで戦争しにいくみたいな感じだよ、ちょうど。」
「ちょうどって……平泳ぎで?」とぼくは聞き返した。
「平泳ぎで。」
「というと、泳いでる実感もないのに、そうして戦争しにいくくらいかったるいものもないと?」
そう口にして、ぼくはとっさに自分が余計なことを喋りすぎているのに気がついた。それで思わず館ヶ谷の顔色をうかがったのだが、その表情に特に変化らしい変化は浮かんでいなかった。
「かったるいんじゃなくて億劫なの」と館ヶ谷は彼にしてはしっかりした声でいった。
ぼくはあっそうと生返事を返した。しかしそのうち、かったるさと億劫さのちがいが渾然として、内心腑に落ちない思いが沸きあがってきた。ぼくは眉をひそめた。またほどなくして、そのようなちがいなど自分のなかでは最初からなかったように思えてきて、もう一度あっそうと生返事をしたが、これはすでに直接には館ヶ谷に対して返したものではなくなっていた。
「もし地球が丸くなかったら」と館ヶ谷はいった。「海の向こうには宇宙があるってことになるよなあ。」
「強引な想像力ではあるけど、もしそうなら、たぶん、そうだと思う。」
「宇宙のなかでは飛ぶんじゃなくて、泳ぐんだよなあ。」
「宇宙遊泳。」
「そうそう。でも、そもそも飛ぶってなんだろなあ。ニュートンはなんていってた?」
「うんともすんとも。」
「そうかあ。」と館ヶ谷はいいながら、新しい煙草を口にくわえた。「なんともいってないかあ。」
「さだかではないけど。」
「でも宇宙を泳ぐとしたら、平泳ぎだろうなあ。やっぱり。」
なにがやっぱりなのかはまるでわからない。だが、ぼくは大きく相槌を打った。
「やっぱりねえ。」
「クロールはまずいよなあ。」
「ああ、まずいと思う。死刑だ死刑。」
「だいいち、宇宙人の蛙に対して失礼だよなあ。」
そのかえるということばが、館ヶ谷の声を通すと、まるで不機嫌な祈りに近い響きをもっているように聞こえた。そう聞こえて仕方なかった。宇宙人の蛙……。ぼくは自分がちょうど雨宿りをしているときのような、なにかを待っているときのような気分に浸り及んでいるのを感じていた。
くり返しになるが、雨は降っていなかった。梅雨時の曇天はたしかにぼくたちのはるか頭上と公団住宅めいた校舎群の上空を覆っていたが、雨は一滴も落ちていなかった。駐輪場に並んだ自転車の列は歪んで、雑然とした印象だった。折れたビニール傘とスナック菓子の袋が落ちていた。空気は蒸していた。それでも、ぼくは館ヶ谷と雨宿りをしていた。
いま思うと、そのときの錯覚は、ゼンちゃんと将棋を指していた、あのゆっくりした時間の流れのなかでぼく自身が受けていた感覚とすこぶる似ていたのではないだろうか――あのとき、牛蛙たちの鳴き声が不意に一斉にやむ瞬間があった。すると、あたりはしばらくしいんとなって、ちろちろというせせらぎの音だけが遠くに聞こえた。それはほんの数分間ほどの静寂だったのだろう。あるいはもっと短かったかもしれない。しかし、たとえどんなに短くても、心のなかのむくんだ部分が少しずつほぐされていくとぼくが勝手に信じ込むにはじゅうぶんな静寂だった。あるいは、そうなっていない自分を信じたくなかっただけだったのかもしれないが。
館ヶ谷の心もそのときむくんでいたのかというと、そんなふうにはあまり想像できない。駐輪場の向こうには大学の図書館があったが、ちょうど休館日だったのだろうか、やけにひっそりとしていた。また、3年生以下の学生ならふつう講義のある時間帯だったから、行き交う人影もまばらだった。静かだった。
何度もくり返すが、雨は降っていなかった。しかし、万が一そのとき雨が降り出していたとしたら、目の前の道を誰かが慌てて駆け抜けていったかもしれない。にわかにできた水たまり、くるぶしに跳ねる泥水。その誰かが少し寝不足気味ならなおさらいいとぼくは思った。家路を濡れながら急いで帰っても、あとは眠るだけならいいと、そんなふうに。もちろん、風邪はひかないに越したことはない。しかし、館ヶ谷はぼくと全然ちがうことをちがうふうに考えていたんだと思う。そういう横顔だった。ぼくはその横顔を一瞥した。雨宿りで居合わせるというのは、それくらいいいかげんなつながり以上でも以下でもないし、そうでなくてはいけない。
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