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第 3 回
高校を卒業してからも在所に住み続けたゼンちゃんからの便りがいまも月に一度か二度は届く。述べ数えれば、ゆうに一冊の本を編める文量になっているかもしれない。
手紙のなかで、ゼンちゃんは自分の仕事のことや、同級生のこと、町のことなどを丁寧に報告してくれた。ジャスコの前にある歩道橋の向こうに新しいうどん屋ができたこと、床屋の美人な猫に仔猫が生まれたこと、海岸の埋め立て工事が中止になったこと……。ゼンちゃんの手紙はいつも丁寧だった。それに比べて、ぼくの出す葉書はいつもぞんざいだった。
あるとき、ゼンちゃんはいつにもまして真剣な文字で、最近日本では子どもの数がめっきり減っているという内容の手紙を書き寄越してきた。便箋で二枚を超えていた。
ぼくがその手紙を手にしたときは、館ヶ谷と最後に会ってしばらく日数が開いてからのことだったが、厳密にいえば、ぼくはまだそのとき館ヶ谷ともう幾度か会う機会もあるだろうとどこかで高をっていたにちがいない。いや、こういういいかたは少しいいすぎで、むしろ逆に、館ヶ谷とはもう会わないかもしれないとは思いも寄らなかっただけだった。つまり、卒業までにはまだ日があった。学食前の銀杏並木も本格的に色づいてはおらず、昼間なら半袖で出歩いていても平気なくらいだった。そういう時期だった。
くり返すが、ゼンちゃんは手紙で、最近日本で急速に進行している少子化の動向をいたく案じていた。ぼくはそれを読んで、これは随分と社会派よなあと感心したのだが、あらためて読み返してみると全然ちがった。ようするに、ゼンちゃんは高校を卒業して晴れてオカマになったのに、いやオカマになったからこそ、今度は子どもを産みたくてしかたなくなっていた、それだけだった。
女装したゼンちゃんを、ぼくは写真でしか見たことがない。正直、とても綺麗だった。そう思った。はじめてその写真を見たとき、思わず生唾を呑んだ。お店のなかで撮った写真だった。日付はクリスマスになっていた。そこであごひげの濃いお店のママと、常連とおぼしき数人のサラリーマンと一緒に並んでいるゼンちゃんは派手な赤いワンピースに身を包んでいた。でも、けばけばしい印象はなかった。ゼンちゃんのつけていた口紅が少し溶けて薄くなっていたからかもしれない。
ふだんのぼくなら、ゼンちゃんたちの前に並べられていた料理のあちこちに――たとえばフライドチキンの骨を包んだ銀紙とか、サラダにかかった白いドレッシングとか、ガーリックトーストにまぶしてあるバジルの緑色とかに――真っ先に目を奪われがちなのに、その写真を見たときに限ってそうならなかった。あるいは、お店の壁に貼られた毛沢東のポスターに気を奪われて、ひたすら不思議がってもおかしくないのに、まったくそうならなかった。どうかしていたのだろうか。いや、たぶんただ、ゼンちゃんが綺麗だっただけのはなしだろう。
そのゼンちゃんが母親になりたがっていることにどこか違和感があるとしたら、それはゼンちゃんがオカマだからではなくて、まだ若くて身体つきも華奢だったからなんだと思う。それでもゼンちゃんは子どもを産みたいと書く。産んでみたい、ではなくて産みたいと。
ぼくはその手紙になにかしら返事を出したのだろうか。その返事だったのかどうかははっきりとしないが、蛙のはなしなら書いた記憶がある。館ヶ谷が真っ平らな地球の果てに思い描いていた蛙のことを。この両生類は真空のなかでもたくましく生き延び、悠々と月の彼方まで泳ぎ通す。ぼくはそんな妄想をでっちあげ、挙句の果てに、想像妊娠についてさえ言及した。もらったほうにしてみれば、わりと最悪の葉書だったと思う。
館ヶ谷がどうして蛙のはなしをぼくにしたのかは見当がつかない。そもそも蛙のはなしをしようと思って話したのかさえ怪しい。ときどき、なにかが話されたりすることには必ずその裏側に意図のようなものがあると思っているひとがいるけれども、実際には意図なんかなくて反射的にことばを発していることのほうがずっと多いとぼくは思う。これは話す場合だけではなくて、書いているときにもたびたび起こりうることで、だからおまえの書いている文章は支離滅裂だとか筋が飛躍しているとかいう羽目にしきりに陥る。
なるほど、話すときに比べて書いているときは頭のなかでいったん整理されて書いているのだからそんなはずはないといい返されるかもしれない。けれども、話すという行為は口と耳という比較的近い身体部位が使われるのに対して、書くという行為には目と手というおよそ無関係な器官が動員されるわけだから、支離滅裂になる要因も後者のほうがずっと増大すると考えるのが自然ではないだろうか。頭のなかでいったん整理されるどころか、手が勝手に書く、目が勝手に書くということもありえる。そこには意図ではなくて、いわゆる無意識のようなもの、意図とはまるで正反対のものが働いているのかもしれない。
しかし、蛙のはなしに関していえば、それはずっと単純なものなのかもしれないとも思う。館ヶ谷にとっても、あるいは高梨にとっても。ぼくだけがああだこうだと頭のなかでこねくり回して考えすぎているだけなのだろう。
館ヶ谷が例の蛙のはなしを、あるいは別のはなしでもいいがとにかく蛙が関わってくるようなはなしを高梨民子にしたのかどうかぼくは知らない。しかし、館ヶ谷とは実際には雨宿りをしなかった半年以上も前に、ふたりが別れていたことをぼくは知っていた。たぶん、館ヶ谷も自分が高梨と別れたことをぼくが知っていることを知っていた。そんな空気があった。
ぼくが館ヶ谷に声をかけたとき、彼がくわえていた煙草をふっと落としそうになったのはいうまでもなく別の理由からだが(あるいはそこに理由なんかないのだが)、ぼくはぼくでそこに高梨の影めいたものを重ね見ていた。どうかしている。ギィコギィコとぼくは自転車をこいで大学についたばかりで、でも時計はすでに午後1時を回っていた。自転車のスタンドを立てるとき、なにかを思い出さなくてはいけないような気がしたが、そんな気がしたきりだった。押入れの段ボールから引っ張り出したばかりの長袖のシャツは防虫剤臭くて、じんわりと小汗ばんだぼく自身の匂いと混じって不快だった。ぼくは後悔していた。そして、少しばかり空腹だった。
一方、最後に高梨の顔を見たのは大学3年も終わりになりかけていた頃だった。春休みも終わりかけていた。ぼくはまだ例のコンビニエンス・ストアで週3度のアルバイトに励んでいた。そのころのぼくは試験の結果が芳しくなく、4月になって出る進級判定に半ば絶望しながら、その憂さ晴らしにバイトをこなしていたようなものだった(とはいえ、結果的には進級できた。というよりもぼくと似たような境遇の輩が多すぎて、教授会側がやむなく恩赦を出したという経緯がその背後にあるのだが)。
その夜も、高梨は素面ではなかった。というよりもむしろかなりの泥酔状態で、店内に入ってくるなり、入り口のドアのすぐ脇にあるコピー機にしなだれかかって、あっというまに眠り込んでしまった。肩より長かった髪が短く切り揃えられていたせいか、あるいは溶けた口紅が不健康なくらいに赤紫色だったせいか、急に大人びいて見えた。紺のリクルート・スーツに合わせた短いスカートがはだけていた。ストッキングは左脚のふくらはぎのところで伝線し、ハイヒールは少し泥で汚れていた。ドアの向こう側で、タクシーがゆっくりと走り去る。そこへ中年のサラリーマン2人組が腕を組んで、なにごとかわめきながら、スキップで通りすぎていく。時計は午後11時くらいを指していたにちがいない。天気は忘れたが、たしか雨は降っていなかった。そういう夜だった。
幸いにも店内には他に客はいなかった。影もかたちもなかった。ちょうどその1ヶ月ほど前に、4、5軒先のところにライバル系列のコンビニができたばかりで、そのあおりをもろに受けて客足はすっかり激減していた。ぼくは有線のチャンネルをUKロックに合わせ、店の奥にある休憩所でデイリースポーツをめくっていたところだった。オープン戦での阪神の活躍は目覚ましく、アメリカの銃乱射事件をめぐる報道は下火になりつつあった。
そこへきて女性の姿が防犯ビデオに映り、さっそくレジに出ていってみたら、高梨民子だった。コピー機にもたれかかった彼女のところまで、ぼくは気が進まないながらも歩み寄っていくと、ちょうど表ではタクシーが走り出そうとしているところだった。そのタクシーをなんとはなしに見送ったあとで、すぐに後悔の波が押し寄せてきた。あっと思ったが、もう遅かった。こんなところでこんな酔っ払いを降ろされても困る。でもタクシーはすでに走り去ったあとだった。
「高梨さん、起きてくださいよ。」とぼくはいいながら、全身から力という力が抜けていくのを感じずにはいられなかった。
返事はなかった。かすかにいびきが聞こえたが、有線から流れるエラスティカのほうがずっとたくましかった。
それからどうしたか。あまり思い出したくもないが、ようするになにもしなかった。午前0時を回るまで客はひとりも来なかった。0時すぎに深夜番の店長に電話をかけ、受話器を置く。ふと電話の横にある防犯ビデオを見ると、あるはずの酔っ払いの姿が消えていた。次の瞬間、自分のななめ背後に、高梨民子は幽霊のように立っていた。
「……おしっこ。」
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