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一方その頃、生方至は電信柱にもたれかかりながらアスファルトの道路の果てを睨みつけていた。道路は次の次にある電信柱の先で視界から消える。それというのも急カーブになっているからで、カーブしている路面も決して短くはないのだがその割に電灯が少ない。死亡事故多発という電信柱の近くにある立看板もやけに現実味があった。
至がいるところは急カーブの入り口で、彼の隣では姉が自分で自分の体を抱き締めながら至と道路の先端を交互に見つめている。その先に行ったまま、葵が帰ってこないのだ。先ほどまでは銃声もしていたが、それももう止んでしまった。
「なあ、姉貴。これってビンゴってことだと思うか……」
「分かんないよ。でも何かに巻き込まれたって可能性は強いと思う」
らしくないなと自分でも思いながら、遥の言葉は歯切れが悪かった。
「……待つしかないのか………」
「でもさ、待ってるうちにあの人は一人で何もかも終わらせて帰ってくるかもしれない」
じゃあ追いかけてもいいのかよと言いかけて至は二の句が告げなかった。
遥の顔には憐れみや悲しみといった感情が去来していたからだ。
その意味が分からず、至はきょとんとするばかりだった。
三時間――いや、もう四時間近く前のことになるが、二人は葵と一緒にドルチェ・ヴィータでデザートを食べながら、最後の打ち合わせをしていた。
もっとも最後の打ち合わせだけなら携帯でも何ででも出来たろう。わざわざ喫茶店を選んだのは遥のご機嫌取りのためだったことを至はよく分かっている。
遥は他の誰にも――葵の同僚はもちろん、警察にも――口外しないことを条件に数日前に葵の目の前で自分の『能力』を使って見せたのだ。それは彼女が嫌っていた殺害現場を『視』ることだったから彼女も最後の最後まで渋ったのだが、葵だけでなく至も説得に回ったことでようやく首を縦に振ってくれた。
だがその時に『視』た光景がどれほど凄惨だったのか、それ以来彼女はずっと塞ぎ込んでおり至でさえも彼女の温かく人懐っこい目を見ることは稀になっていた。
だから第四の事件が起こるはずの今日、その前までに姉貴の機嫌を直さなければと思った至は葵に手伝ってもらってこの一週間、彼女の心を癒すことに腐心していたのだった。葵も遥が塞ぎ込んでいると聞いて、自分の執拗な頼みを悔やみ、自分に責任の一端があることを感じていたから喜んで至の力になってくれた。
葵は初めて会ってから一週間後の初めての定時連絡の時すでに犯人は岩佐俊慶その人の可能性が非常に高いと断言していた。
――幽霊に人は殺せない。
至は遥のように『視』てないし、葵のように網目のように広がる情報網など持っていないから、そう電話越しに言われて面食らって反論した覚えがある。それから土曜日、日曜日を使って第一、第二の凶行が行われた場所で『視』ることをして、葵の言う通りどちらの殺人も半透明な剣士――葵によれば、人斬り俊慶その人――に不意を打たれて殺されていること、傷口から血が流れ出していないことを確認した。
葵は今日まで何も話してくれなかったが、その二点を聞き出し、確認したいがために姉を使ったのではないかと至はその時から思っていた。そして葵は犯人について教えられることを約束どおり全て――といっても至も遥もその言葉を素直に鵜呑みするほどお人好しではなかったが――教えてくれた。
そういえば葵は至たちが旧戸井川沿いで全ての事件が起こっているのに気付いたことをすごく誉めてくれた。とはいえ、葵は二人と違ってどうしてそうなったかということまで推論を弾き出していたのだから、双子としてはどこか複雑な心境だったが。
葵は岩佐俊慶が人斬りとしての罪を問われ、謀殺された際に五体を切り刻まれ、戸井川に投げ捨てられたという郷土史について書かれた単行本を数ページコピーしてきてくた。さらに戸井川の一部はすでに埋めたてられており、今は家やアパートが建てられているということも古地図との綿密な照合によって葵が丁寧に解説してくれた。
第一、第二の事件ではそうした現在の戸井川とは関係のない旧戸井川の土地だった為にその接点に気付けなかったのだと葵は苦笑していた。
遥も事件が新しく起きるたびに一キロメートル前後下流に流れてきていることに気付いており、葵を驚かせた。そうしたちょっとした『発見』が次に事件が起こるであろう場所の予想範囲をかなり狭めてくれたのだ。
「それにしてもよくもまあ、こういうことに気付いたね。もうじき学年末テストだろうに。勉強そっちのけでやってたんだろう?」
葵は初対面の時と違って砕けた口調で二人に接してくれていた。この方が二人が話し掛けやすいだろうという葵なりの配慮だと二人は何となく感じ取っていた。
「葵さん、俺たちはもう学年末はとっくに終わってますよ? だってもうじき学校も終わるんですからね。勉強もそれなりにやって、テスト終わってから全力で調べ上げたんです。まあ、本職の人には全然敵わなかったみたいですけどね」
至はさも当然とばかりに言い、遥も感慨深げに頷いている。とはいえ、言葉の最後の方には明らかに悔しさが混じっていた。
二人とも普段の成績は上の下といった感じだったのだが、今回は川部の弔い合戦とばかりに入れ込んでいたから、成績は高校に入ってから一番良いものだった。テストと調査の両立をできたのも好成績も全ては秋穂への想いの強さがあったから出た結果だろう。
「いや、大したもんだ。勉強と、犯人への復讐を両立させたんなら上出来だと思うよ。まあ、僕並みの情報収集、分析能力があったらうちに推薦したいとこだけどな」
「推薦――? KPCの営業なんて俺には到底ムリですよ」
至は少し頬を赤くして即答した。遥が久しぶりにニヤついている。
「そうですよ。至なんかじゃ、ねェ? それにそんな簡単に入れるもんなんですか?」
三人でひとしきり笑った後、葵は真顔に戻って、双子をじっと見つめた。
「………やっぱりついてくるよな?」
「当たり前でしょう。ついてくるなって言っても無駄ですよ? それに、深夜出歩いてた所で葵さんが付き添っててくれれば警察とかも補導とかできないんでしょ?」
「ううん、それはどうだろう?」
正直な話、葵がLOSという職種を明示しない限り、警察は納得してくれないだろう。そしてその場合、今までLOSの実体を隠してきた二人にもLOSのことを話さなければならなくなる。葵はできれば最後まで隠し通したかったのだが。
そもそも実働部隊に飛ばされた初日、松枝に付いていた時しか警察には顔を見せていないのだから、信用してもらえない可能性もある。
「二人のことまで気が回らない可能性があるからさ。僕は警察じゃないけど、一般市民を見捨てるわけにもいかないし――」
「そんなの関係ないんじゃないですか? だってあたし達は秋穂を殺した犯人を捕まえるために協力したんですから」
「姉貴の言う通りだ。約束も守れないのかよ?」
二人がほとんど同時に反論を展開したことで話の腰を折られた葵がうつむいた。
「いや、だから、その――僕もマズいなあと思うし君たちと一緒に行くけど、かなり危ないからね。僕をあんまり頼られても困るって言いたかっただけなんだけど」
葵は少し早口になりながら、一息でそこまで言い切った。
「じゃあ、行きましょう。まだまだ時間はあるわけですけど、俺、姉貴と昨日相談して途中で寄ってこうって決めた場所があるんです」
葵は二人の晴れ晴れとした顔に見惚れて一瞬反応が遅れた。
人は誰でもこうと決心した時、腹を据えた時に一番いい顔になるとか何かの本で見た記憶がふったが、こういう顔を指してるのかもしれないと葵は思った。自分の顔も同じ輝きを放っていたらいいなとも思いながら、三人は喫茶店を後にした。
「もう、嫌なんだ。秋穂の時みたいに見殺しにするのは。『視』る時っていつも見殺しにしてるようでイヤなんだ。今度葵さんを見殺しにするようなことはもう――」
回想に耽っていた至を遥の独白が現実に引き戻した。
至はひどく狼狽している。緊張感が弛緩しきり、今の瞬間を俊慶に狙われていたら至と遥は容易に斬り殺されていたはずだからだ。せめて今夜中は、少なくとも家に帰るまでは常に緊張感を維持していなくてはならないのに。
「何してるの、こんなところで」
ショートカットの少しきつめの顔立ちの美女が至の肩に手を置いた。
心臓が止まったかのような衝撃が至を突き抜けた。至は背後を取られたこと――そもそも近付いてきていることに全く気が付けていなかったのだ。
遥もポカンと口を開けて、目の前に突然現れた美女を見ている。
「君が生方至くんね? そこにいるのが遥ちゃんかな?」
彼女は至の目が大きく見開かれるのを確認してから、品定めするように彼全体を見回し、ある物に気づいて少し呆れたような顔をした。
「葵くんね? 一介の未成年にそんな物騒な物持たせたのは」
至はその言葉に、右手できつく握り締めたままの短銃に目をやった。
もし葵が側にいない時に俊慶に襲われたらと葵が渡してくれたものだった。
「私は松枝。葵くんの同僚というか、先輩なんだけど。あの子もバカね。素人にこんなの持たせるくらいなら、自分が側に張り付いていればいいのよ」 生方姉弟が何事か尋ねる前に松枝はそう言い放つと海よりも深く溜息をついた。
「でも、葵さんは向こうの様子を見てくるって言ってまだ帰ってこなくて――」
遥が松枝にそう告げた。至が非難の込もった視線を送っている。
「そりゃあ、私をすぐには信用できないわよね。でもね、私は葵くんに頼まれて、あなた達をフォローしに来たのよ? あなた達に構ってる余裕はないかもしれないってね」
双子の視線が絡まった瞬間、ほとんど間を置かずに松枝が言ったから、至はまともに顔色を変えてその顔を見せまいとうつむいた。
「ねぇ、葵くんがあなた達を置いていってから、どれくらい経つの?」
松枝も近くの電信柱にもたれかかりながら、生方姉弟に尋ねる。
「五、六分ですね。何だか十分くらい経ってるような気がしてたんですけど」
「…………長いわね………」
少し安堵の響きも感じ取れる遥の言葉を打ち消すように松枝が言った一言は声こそ小さかったものの、やけにはっきりと双子の耳を打った。
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