タイの日常〜僧院からバンゴン村を見る〜 



儀式の前日6月10日、準備の日だ。自分の知り合いみんなに頭を剃ってもらう。少しの石鹸をぬりこんでいきなり剃刀を頭にあてて、1人1剃りづつやってもらう。
実に痛い。

青を通り越し白く太陽を跳ね返すようになった頭には、二筋ほど赤い血の線ができていた。初めて直射日光を浴びた頭皮が焼けてピリピリする。この頭皮を痛めつける行動は将来的に後悔する原因とならなければ良いのだが。

ここで白いローブを着せられ、この日の午後から次の日の儀式までは僧でもなく俗人でもない『どれでも無い人』という存在となる。夜はクティと呼ばれる僧の居室に案内されてタイルの張られた硬い床にゴザを敷いて寝る(僧は床よりも高いところに寝てはいけない)。床が固くて背中が痛く、十分に寝ることができないまま儀式の朝を迎えた。

式は朝に始まった。睡眠不足ではあるが緊張していて眠くは無い。儀式は設定として自分の家から親族友人に囲まれながらお祭り騒ぎで寺をめざすことになる。僕の場合日本の家からユーラシア大陸を徒歩でお祭り騒ぎしながら6000kmも一緒に歩いてくれる酔狂な友人はどうやらもっていないので、仕方無しにヤームであるウィロートの家から出発となった。この日は火曜日で仕事がある日なのだが、職場の苗畑センターでは半日休日状態にしてセンター長も含め30人くらいが参加してくれた。そのほかにも最寄の市場の(南に10km先)郵便局の友達と軍人の友達、次に近い市場の(北に20km先)先生やっている友達2人がわざわざ休みを取ってまで来てくれた。とても嬉しい。僧修行の儀式はタイ人にとっては一生で最も大事なことだから、みんなの関心も高い。

そしてウィロートの家からいざ出発、どこからとも無く現れた太鼓隊がたたき、かつ叫び、そして踊りながら先導してくれる。通常は何人か同時に寺に入るので合同でやるのだが、時期が普通とずれているために僕一人のために村人がたくさん集まってくれるという贅沢なことになった。

 時期外れの出家行列


一行は200m離れた寺に向かって歩き、その手前の仏堂に入ってゆく。仏堂の塀の前で履物を脱ぎ、裸足で仏堂の周りを3周する。本来なら僧になるものが親族の誰かに肩車をされて回るのだが、70kg以上ある僕を担ぐのは小柄なタイ人には大変なので、自分で歩いてまわった。しかし最後の一周だけは、テンションが上がってしまった見知らぬ親父さんが頑張って担いでくれた。そして地面に足を触れないように担がれたまま屋根だけがついた半屋外のお堂に運ばれる。ようやく儀式の本番、アーチャンとのスワットモン対決だ。このお経を唱えてゆく儀式は、基本的に僧院に入るにあたっての誓いの儀で、ひとしきり誓いをした後にはアーチャンの問いに対して答えてゆく形式である。パンゴン寺のアーチャンは13歳から寺に入りもう15年も僧修行をしており年不相応の貫禄があるが、いかんせん28歳まだ若いために他人に僧の位を授ける資格をもっていない。そこで今回は30kmほど離れたカンボジアと目と鼻の先にあるクロンヤイ寺から偉いお坊さんが来てくれた。

お堂まで運んでもらったあとは自分の足で歩き、すでに配置完了した偉いお坊さんのお歴々の前まで進む。自分の正面に僧位を授けてくれるアーチャンが座り、その右側に前から後ろへ向かってパンゴン寺の僧が4人列をなし、左側にはやはり4人が列をなすが一番前はクロンヤイ寺からの僧の1人。左右の列の前から2番目の人が少し内側に入り、僕をはさむような格好になっている。この2人が正面のアーチャンのサポートで右側にパンゴン寺のアーチャン、左側にクロンヤイ寺の僧。ここで僕はひざまずきまずは正面のアーチャンに新品の僧衣を渡す。アーチャンはすっかり白髪の坊主頭でやけにがっしりとした体にやさしい目をした人だった。

ワットモンが始まる。ウガーサ・ワンターメパンテー・サパン・アパラータン・・・
出だしよく始まった、緊張はしているが言葉はうまく出てくる。調子よく中盤まで来る。ここでアーチャンから改めて僧衣をいただき裏に行き白のローブから着替える。足に袴状の物をまず履く、実は昨日ローブを着たときからのことなのだが下着をつけていない。僧は下着をはいてはいけない存在なのだ。生涯初のノーパン生活を厳粛に受けいれた。次に片袖のベストのようなものをつけ最後に3m四方くらいの黄色い布である僧衣の着付けをする。しかし、この僧衣は非常に着付けが難しいので経験者二人に手伝ってもらった。昨日も練習したが一人では無理だった。2人の協力により何とか身に付けることができ、再び儀式の場へ。パーナーティパーター・ウェーラマニー・シカーパタン・サマーティヤーミ・・・一番難しい部分にさしかかる。マーラーカンタウィレーパナマンダナウィプーサナッターナーなどという言葉を息継ぎなしで、かつ暗唱でいえてしまう自分が偉い!!

 スワットモン独経中


一番の難関を過ぎて少しリラックスしてアーチャンとの対話にはいる、アーチャンが言う言葉に対しナティ・パンテー(バーリ語でNO)、アーマ・パンテー(バーリ語でYES)を繰り返し、最後に自分の僧としての名前をもらう。授かった名前はパサートー、今日からパサートーとしての人生がスタートだ、と意気込むが僧生活中も誰一人この名前で呼ぶ人は無くこれまでどおりトモが通された、名前をくれたアーチャンすら呼んでくれなかったのはなぜだったのだろう。

もあれ、ここに僧が一名誕生した。お堂を囲む友人知人の前に行きバァツ(托鉢用のお鉢)を差し出すと皆がお金を差し入れてくれる。ちなみにここで、ありがとうございますと手を合わせるのは、差し入れてくれたみんなの方。これは『お坊さんであるあなたにお布施をすることを通じて徳を積ませていただきました、かたじけないことです。』ということなのである。僕はただただ偉そうにそっくり返っていればよい。

風が吹いてふと気が付くと、脇や胸が汗でびっしょりだった。あまり緊張していないつもりで、実は相当に硬くなっていたのを知った。しかし、とちることもほとんど無くスワットモンの暗唱ができアーチャンにも誉めてもらえた。ようやく僧院の一員だ。

 

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